ネパールの名峰
ヒマラヤには8000m峰が14座あり、その内8座がネパールにあります。ここではエベレスト街道で知られるクーンブ山域と中央ネパールについて紹介します。クーンブはネパールの東に位置し、チョオユー8021m/世界最高峰のエベレスト8848m/ローツェ8516m/マカルー8463m/の4座があり、ヒマラヤでは一番有名な山域です。そしてネパールの中央にあるのがダウラギリ8167m/アンナプルナⅠ峰8091m/日本登山隊が初登頂したマナスル8163m/です。
Ⅰ エベレスト街道の絶景と名峰 (Khumbu Himal山群)
エベレスト街道はルクラを起点とし、エベレストの麓まで続きます。シェルパ族の住む村々を結ぶ生活道路をトレッキングルートとしているため、エベレスト街道と呼ばれているのです。街道からは名峰を展望することができるほか、シェルパ族の生活や文化を間近に見ることができ、世界中のトレッカーが憧れる人気コースです。このコースにはサブコースがありバリエーションも豊富です。今回はカラパタールを目指す本街道とサブコースとして知られるゴーキョ方面の山々を紹介します。
タムセルク(Thamserku 6,618m)
エベレスト街道を歩き始めて二日目、パグディンから1時間ほど歩くとベンカール付近にさしかかります。すると深い谷の奥からタムセルクが姿を見せ始めめるのです。そして10時を過ぎるころ太陽の光が谷底にようやく届きます。その瞬間、強いコントラストの中にロッジの青い屋根に光が当たり始めました。カラパタールへはここから更に徒歩で一週間かかります。
夕映えのタムセルク(Thamserku 6,618m)
ルクラを出発して三日目、ナムチェバザールに到着です。その夕方、タムセルクに夕日が当たり始めました。夕方になると雲が谷底から上昇し、山の姿を隠してしまうのですが、この日は幸運なことに夕日を浴びるタムセルクを見ることができました。きっと明日も天気がいいでしょう。
パンボチェから見たアマダブラム(Ama Dablam 6,814m)
五日目、パンボチェの集落にさしかかりました。ここまで来ると谷は次第に浅くなり、村の周囲にはジャガイモ畑が広がっています。遠くに見えていたアマダブラムもすぐそばに見えてきました。左奥にあるのはローツェです。わずかですが、エベレストの山頂も見えています。アマダブラムには「母の首飾り」という意味があります。パンボチェの村をやさしく見守っていました。
チュクンのヒマラヤ襞(Chhukhung Glacier)
六日目、ディンボチェに到着。すでに標高は4300mを超えています。今日は高度順応のため隣りにあるチュクンを訪れました。ここはヒマラヤ襞で有名な場所です。ヒマラヤ襞(ひだ)は垂直に近い急斜面にできる雪の造形で、この写真を撮るためにここまでやってくる写真家もいます。私もその一人でした。背後にはローツェの南壁が迫り、周囲は無音の世界です。私は心を震わせる、静寂の響きに圧倒されました。
ローツェ(Lhotse 8,516m)
ローツェとはエベレストの南にあることから南峰を意味します。世界屈指の大岩壁は登山家の挑戦を退けてきました。耳を澄ませば歓喜の叫びと絶望の呻(うめ)きが聞こえてきそうです。
アマダブラムと墓碑(Ama Dablam 6,856m)
ルクラを出発して七日目、標高は5000m付近までやってきました。この景観はトクラの急坂を登り挙げ、ロブチェ付近からの撮影です。写真の背景はアマダブラム。パンボチェから見た山容とはだいぶ違います。ここにはエベレストで命を落とした登山家やシェルパたちの墓碑が建てられています。それは命と引き換えられた夢と冒険の碑でもあります。
カラパタールからの展望
八日目、目的地のカラパタールに到着しました。中央に見えるのはヌプツェ、その左奥にエベレストがあります。カラパタールの標高は5550m、山頂には黒い石と希薄な空気しかありません。しかし、その展望は息をのむほどの迫力です。命が希薄な時代、ここからの眺めは生の感動を呼び覚まします。それは自らの足でたどり着いた者への賜物です。
モンラ(Mong La) への上り坂
ここからはもう一つのサブコース、ゴーキョ方面からの展望を紹介します。カラパタールとゴーキョへの道はキャンズマ付近で二つに分かれます。分かれ道を左に入り、急な石段を登り挙げるとこの景色が見えてきます。背景の山はタウツェ6501m、手前に見える人と動物はこれからゴーキョへ向かいます。動物はヤクで、その放牧地がゴーキョ周辺にあり、村人は夏になるとヤクを引き連れその放牧地(カルカ)へ向かうのです。
モンラから見たアマダブラム(Ama Dablam 6,814m)
ルクラを出発して四日目、標高4000mのモンラに到着しました。ここからはアマダブラムが見えます。上り坂は石ころだらけで、足下ばかり見ているとこの景色を見逃してしまうかもしれません。「そんなに急いでどこへ行く。どうせ行き着く先は皆同じ、つかの間の人生だからこそ立ち止まることがあってもいい。」アマダブラムがそんなことを言っていました。(「天空の記憶」より)
アマダブラムの夕映え(Ama Dablam 6,814m)
夕映えのアマダブラムです。この日はモンラで一泊することになりました。このモンラは展望地として有名です。私は撮影のためここに宿泊することがあります。そして何よりの楽しみは持参したウイスキーを傾けながら沈む夕日を眺めることです。この時間は最高の贅沢です。
レンジョパスからの展望
八日目、ゴーキヨからレンジョパスに登りました。ゴーキョには二つの展望地があります。一つはエベレストの撮影で有名なゴーキョピークです。そしてもう一つがこのレンジョパスです。眼下に見えるのはゴズンバ氷河と氷河湖。その間に、ゴーキヨのロッジが小さく見えています。その上には左からエベレスト、ローツェ、マカルーが並び、写真にはありませんが左奥にチョオユーが見えます。8000m峰四座が並ぶ圧巻の展望です。
マカルー(Makalu 8,481m)
レンジョパスからはマカルーが見えます。エベレスト街道でこのマカルーを見ることができる場所は数カ所しかありません。望遠レンズで撮影しましたが、重いカメラ機材を5360mまで運び上げたのはポーターたちです。優秀なポーターなしでベストな撮影は不可能です。
5th Lake Peakからの展望
九日目、ゴーキヨから更に奥へ入り、フィフスレイクに到着しました。ここから先にはロッジか無く、テント泊になります。翌日、北にあるピークを登りました。左に見えるのは長さ17㎞のゴズンバ氷河、そして深いグリーンの氷河湖 5th Lake が見えます。
エベレストの夕映え(Everest 8,848m)
夕方、テントの近くにあるモレーン(氷河の堆積)に登りエベレストの撮影を開始しました。周囲の山が夕闇に沈んでいく中、エベレストの山頂は更に赤く染まっていきます。世界最高峰の夕映えは、ここフィフスレイクでの撮影がベストでしょう。撮影の間、私はエベレストの独り占めをヒマラヤの神々から許されていました。
ギャチュンカン(Gyachungkang 7,952m)
ギャチュンカンという山名を聞いたことがあるでしょうか。この山は標高8000mにわずか48m足りません。ヒマラヤの8000m峰に入り損ねた山なのです。そのためか、あまり登山家に人気がありません。こんな言い方をするとこの山の存在がかわいそうになりますが、少し名誉挽回をしておきましょう。登山家には余り人気がありませんが、そのどっしりした山容から写真家には人気があります。私もこの山を気に入っています。
チョオユー(Cho Oyu 8,201m)
ルクラを出発して十日目、最終目的地のチョオユーベースキャンプ(6th Lake)につきました。翌朝、テントを出ると上空には青空が広がっていました。しかも無風です。私はさっそく三脚とカメラを持ち氷河湖の対岸に向かいました。湖面は鏡のようにチョオユーを映しています。撮影を終え、私はこう思いました。「偶然が重なりここへたどり着いたのではない。運命により導かれ、この景色を撮ることは必然だったのだ。」(「天空の記憶」より)
Ⅱ 中央ネパール
ネパールの中央部にはアンナプルナ連峰を中心に八千メーター峰が三座あります。リゾート地ポカラにあるサランコットに登ればこれらを含む大パノラマを一望することができるのです。都市近郊の有名なヒマラヤ展望地はナガルコットやカカニなどいくつかありますが、私はここサランコットが一番だと思います。ここでは中央ネパールにある八千メーター峰3座とその周辺にある名峰を紹介します。
ダウラギリ(Dhaulagiri 8167m)
朝焼けのダウラギリをモノクロで表現してみました。これはカリガンダキ渓谷のジョムソン街道にあるラルジュンからの撮影です。ラルジュンに到着した翌朝、私はロッジの屋上にカメラをセットしました。朝焼けのダウラギリを狙おうと日の出前から待ち構えていたのですが、思わぬ邪魔が入りました。日の出前、気温が急激に下がり霜がおり始めたのです。カメラの結露対策に追われる中、朝日が山頂に当たり始め、あっという間に光は麓に駆け下りてきました。朝日をまとったダウラギリは息をのむような美しさです。私の捜し物はラルジュンでようやく見つかりました。
マチャブチャレ(Machapuchhare 6993m)
ポカラに着き、先ず目にするのは槍のように鋭い頂を持つマチャプチャレです。この山は七千メートルにわずかですが届きません。しかし、アンナプルナ連峰の手前にあるため、どの山よりも高く見えます。山名マチャプチャレは「魚の尾ひれ」を意味します。神の住む山として信仰され、登山は禁止です。1月、サランコットの展望台から朝焼けを撮影しました。この山の背景にはアンナプルナ連峰がひろがり、世界屈指の大展望地となっています。
ペワコに映るマチャブチャレ(Machapuchhare 6993m)
ネパールのリゾート地ポカラに到着した翌朝、目覚めたのはフィシュテールロッジでした。朝食まで時間があったので散策に出ました。日が昇ると朝霧も晴れ、ペワ湖は鏡のようにアンナプルナを映し出しています。しばらく湖畔で散策していたのですが、気がつけばすでに朝食の時間です。出発まであまり時間がありません。出発前に部屋の片付けと荷造りを住ませなければならなかったのです。立ち去りがたいペワ湖畔でした。
アンナプルナサウス(Annapurna South 7219m)
アンナプルナの内院に入ると急に景色が開けました。目指すベースキャンプはアンナプルナサウスの直下で、標高を上げるごとに巨大な山塊が近づいてきます。私は先行するガイドとポーターを呼び止め、山を背景に撮影することにしました。ポーズをとらせたわけではないのですが、彼らの姿は妙にきまっていました。それからまた15年が経ちましたが、写真の中では時が止まったままになっています。
アンナプルナⅠ峰(AnnapurnaⅠ8,091m)
ベースキャンプに到着した翌朝、日の出前から撮影の準備を開始し。主峰アンナプルナの大岩壁が朝焼けに染まるのを待つためです。あまりの寒さに震えていると、ガイドがコーヒーを持ってきてくれました。日の出前、凍てつく寒さの中で山は紫色に染まっていきます。夜明けの前奏曲、それは光と静寂の共演です。撮影が一区切りつき、コーヒーを飲もうとするとカップの中はすでに凍りついていました。
マナスル(Manasulu 8163m)
1956年5月9日マナスルは日本登山隊により初登頂されました。ここは日本登山史の聖地です。撮影地のローは標高三千二百メートル、到着後、体を高度順化させるためマナスルの展望台まで歩くことにしました。途中にチベット仏教の寺院があり、マナスルはその上に堂々とそびえています。寺院の門構えはなかなか立派なもので、これは絵になるなと思いました。早速撮影にかかると、子供たちの賑やかな声がどこからか聞こえてきます。寺院の中庭をのぞくと小僧さんたちの授業が行われていました。
夕焼けのマナスル(Manasulu 8163m)
撮影地のサマはマナスルの麓にある大きな村です。この村に滞在中、村祭りに出くわしました。その祭りが終わった夕方、空一面に夕焼けがひろがったのです。雲の高さはおそらく1万mを超えているでしょう。夜になればヒマラヤの空には無数の星がきらめきます。中央の山はマナスル8163m。